虹の橋

友人は、表情を曇らせてその写真を差し出した。おかしなものが写っている、というのだ。

私は仕事柄、これまでにも何度かそういった類の相談を受けることがあった。

番組ディレクターとして8年、年に一本は必ずその類の胡散臭い心霊写真を扱った夏の特別番組を作成してきたので、友人達は必然、私がその類のことに深い理解を示していると思い込んでいる。

実際には私はそんな非科学的なことは髪の毛一筋ほども信じてはいない。むしろ、それらしい名前と衣装で塗り固められた『自称』霊能者ほど、傍目から見ていて滑稽なものはないとさえ思っている。

だから友人が「おかしなもの」と言ったとき、当然のように私は『あるはずのないところに誰かの手が写っている!』といった類の心霊写真を想像し、心の中で『なんだ、またそれか』と呟いた。

ところが、友人が差し出した写真はごく普通の夜景にしか見えなかった。

まるで絵葉書のように綺麗にレインボーブリッジがライトアップされている。写真の右下の隅には、2007/10/15とある。

私は何か妙に胸の奥がざわつくのを感じながら、無理にそれを無視するように明るく、友人に問いかけた。

「この写真のどこがへん?上手に撮れてるじゃん。一ヶ月前に撮ったのか?」

「三澤、おまえ、気づかない?これさ、一体どっから撮ったらこんなアングルで撮れると思う?台場にこんなトコ、ないよな?!」

言われて見れば、確かにそこには海の上からでもなければ撮影できなさそうな角度で橋が写っている。

「…船の上から撮ったんじゃないのか?」

「違うって。そんなに背の高い船なんてあの辺に入ってくるはずないし。第一、おれそんな写真撮った覚えないんだぜ?」

「そんなこと言って、また俺のことかつごうとしてるんじゃないのか?」そう言いつつも、友人の真剣な表情を見るにつけ、嘘は言っていないというのが直観的に感じ取っていた。

「なぁ三澤。言っとくけど、望遠レンズとか、合成写真とかでもないぜ。おれ望遠付けるようなカメラなんて持ってねえし。この」友人はそう言ってごそごそとポケットから小型のデジタルカメラを取り出した。市販で2~3万で買えるやつだ。

「このカメラに入ってたメモリーを写真屋に現像に出したら、彼女とのスナップ写真の合間にこれが一枚だけ入ってたんだぜ?なんか気持ち悪くてさ。大体おれがおまえを騙して何の得があるっていうんだよ?」

通常であれば、空々しくも人々をアッと言わせるような心霊写真ですらないそんな写真に、関わり合っている暇はない。俺忙しいから、と言えば友人を追い返すこともできただろう。

だが私はさっきから胸のうちで鳴り響いている大音響の警鐘のためか、はたまた一ヶ月前に自分の彼女を亡くしている友人が、今頃二人の思い出をを整理していたということに対しての同情からなのか、友人に写真をつき返すこともできず、結局写真を預かり、調べてみることを約束した。

友人が帰った後、私は急いで局の編集室に入ると、まず写真をスキャンし、大きく拡大してみた。

夜の風景だったこともあって、引き伸ばした写真の画素は粗く、全体像も掴めなくなってしまった。

もう少し縮小させようと操作しかけたところで、ふと手が止まった。

粗く、白っぽくなった闇の中に、一箇所だけ真っ黒のままの部分がある。ちょうどレインボーブリッジの真下の部分だ。

私はその部分をさらに拡大し、修正をかけ、その闇が何なのかを突き止めた。

それは、落下していく女性に見えた。

長い髪やスカートがはためいて闇の中でさらに濃い闇を作り出している。

頭を下にしてはいるが、高飛び込みの選手のように腕を揃えて美しく、というシルエットではない。

虚無に吸い込まれるような一瞬の浮遊感に、私はぞっと寒気を覚えた。

まさか、という思いで私は恐る恐るマウスをクリックし、落ちていく女性の上方、レインボーブリッジの暗闇を拡大・修正してみた。

そしてそこには、ありえないものが、だがしかし、小さなライトに照らされ、はっきりと写っていた。

今まさに女性を、友人の彼女を寝取り、都合が悪くなってきた為に殺害し、突き落とした、悪鬼のような形相の私の顔が、その写真にははっきりと写っていたのだ。

これも、『有栖川有栖先生とつくる不思議の物語』の書き出しをお借りしました。残念ながら年齢制限に引っかかってしまうため、投稿はできないのですが…。もしも投稿していたとしたら、どんな評価をされるんでしょうか…?

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トンネル

ジロウくんがそのトンネルに入ろうって言い出したとき、わたしはなんだかいやな気持ちがして、首を横に振った。

「なんだよ、ヒナタちゃん、怖いのかよ?大丈夫だよ、ほら行くよ!」

そう言ってジロウくんは笑いながら、立ち止まってしまったわたしの元に戻ってきて、手を握って引っ張って行こうとした。

当時、わたしが通っていた小学校の中庭には、鉄棒やアスレチックのような、子供が体を動かして遊べる類の遊具がたくさんあった。その中のひとつに、そのトンネルはあった。

中庭の北のはずれに、標高10mくらいの小高い丘(丘と呼ぶのも、丘に対して申し訳ないようなしろものなのだが、当時のわたしには、山のように見えたものだ)のような小山があって、その中を東西南北に土管を埋め込んだトンネルが走っているのだ。

所詮高さ10mの丘の底辺なのだから、よくあって20mくらいの長さなのに、わたしはこれまでもなんだか怖いような気がして、そのトンネルに入ったことはなかった。

友達はみんなそのトンネルに入っては、声が反響するのを楽しんだり、入ったところと違う出口に出ることで、新鮮な気持ちを味わったりしていたようだ。

かくれんぼをしたり鬼ごっこをしたりするのには、最適な空間をそのトンネルは作り出していたと思う。

その日は夏休みの真っ最中で、休みの日の夕方に学校を訪れる子供はそうはいない。

わたしの家は学校から歩いて10分くらいのところにあり、当時飼っていた愛犬のラブを散歩させて学校まで来るのが、わたしの日課だった。

散歩の途中でふと中庭を見ると、ひとりでブランコをこいでいる少年と目が合った。

これまでも何度か見掛けたことはあったが、「一緒に遊ばない?」と声をかけてきたのは初めてだった。

少年はジロウと名乗り、わたしはヒナタと自己紹介した。

それだけで昔からの友達のように仲良くなれるのだから、子供というのは羨ましい。

夏の夕方ということで、まだ日が落ちるにはかなり時間があったので、わたしはラブのリードを鉄棒の足に結び付けると、ジロウくんと一緒にブランコをしたり半分埋めてあるタイヤの跳び箱(跳びタイヤ?)をしたりした。

そのうちにジロウくんが、トンネルで追いかけっこをしようと言い出したので、わたしは急に怖気づいてしまった。

ジロウくんは「大丈夫だって」と笑いながら強引にわたしを中に押し込もうとしたが、わたしは入り口で固まってしまい、ガンとして動かなかった。

わたしを連れて行くのを諦めるとジロウ君は

「じゃあ、そこで見てて!」

と言ってひとり中に入って行ってしまった。

トンネルの入り口にしゃがみこんで中を覗き込むと、向こうの出口の明かりとの間に、ジロウくんのシルエットが濃い影になって浮かび上がっている。

直径90cmくらいの土管は、子供にはそれほど窮屈なスペースではない。

ジロウくんは少しだけ腰をかがめて、バランスをとるように両手を軽く広げた格好で、どんどん奥のほうに進んでいく。

わたしはどうしてこのトンネルにだけ入りたくないのか、自分でも理由がよく分からなくて、もどかしい思いをしていた。

真ん中の、東西の土管と南北の土管の交差する地点に来ると、ジロウくんのシルエットは振り返ってわたしを見た。

そして笑った、ような気がした。

ジロウくんのシルエットはその後すっと右に折れ、つまり南側から入ったジロウ君は東の出口に向かった、はずだった。

わたしは視界からジロウくんのシルエットが消えるとすぐに、丘の裾を東の出口に向かって走った。

直線とはいえ、少し腰をかがめて歩かないといけないジロウくんと、心細さから全力で走るわたしとだったら、わたしのほうが速いはずだった。

わたしの視界は開けていて、もしも先にジロウくんが出口に到達しても必ず発見できるはずでもあった。

しかし、たどり着いた東の出口にはジロウくんの姿はなかった。あたりを見渡してみても、当然影も形もない。

それどころか、トンネルの中に響く足音も聞こえない。

わたしは急に不安が募り、そこから反時計回りに、北の出口、西の出口と走って見て回った。

だがトンネルの向こうには、ただ反対側の出口の丸い景色が見えているだけである。

わたしはいよいよ心細くなって、トンネルに向かってジロウくんの名を呼んだ。

「ジロウくん…?」

返事はない。

「ジロウくん!」

今度は叫んだ。だがやはり返事はなかった。

わたしは真ん中の交差するところにジロウくんが潜んでいて、わたしが見る方向から、常に隠れているのではないかと疑って、走って南側に向かうフリをして戻って覗いてみたりした。

それでも見つからないので、どこかの穴からひょっこりと顔を覗かせるのではないかと思い、丘のてっぺんに登って360度を見渡しながら待った。

しかし、目が回るほどぐるぐる見続けていても、一向にジロウくんは現れなかった。

丘の上のわたしの姿を見つけて、ラブが吠えた。

わたしは意を決すると、ラブを連れに鉄棒に走った。

そのときにもう一度トンネルを覗いてみたがやはりジロウくんの姿はなかった。

わたしは焦る手でラブのリードの結び目を解くと、ラブと一緒に丘に向かって駆け出した。入り口に着くとラブは中に向かってワウワウと吠え立てた。

だが、わたしがリードを放して「ラブ、ゴー!」と言っても、ラブは入り口で吠えるだけで中に入って行こうとはしない。

反対側の出口からラブを呼ぼうとそばを離れると、慌てて後をついて来てしまう始末。

「おまえも怖いんだね。じゃ、一緒に入ろっか?」

ラブを勇気付けるため、というよりは自分を奮い立たせ、鼓舞するために声をかけた。

初めて入るトンネルは、入って3mも行くともう真っ暗で、出口の明かりがすごく遠くにあるような気がして、わたしは後ろをきょろきょろ振り返りながら、ラブのリードをぎゅっと握り締めたまま一歩一歩奥へと進んでいった。

いつもはおとなしく、唸ることなどないラブが、このときはずっと唸りっぱなしで、その声がトンネル内に反響して、それが余計にわたしを不安にさせた。

あとちょっとで交差する地点、というところまで進んだとき、わたしはふとこの角の先にジロウくんが待ち構えていて、笑いを堪えながらわたしを驚かせる準備をしているのではないかと思い至った。

きっとあれほど誘ったのにトンネルに入ることをわたしが固辞したため、イタズラしてやろうという気になったのではないか。

そう考えついたわたしは、少し気が楽になり、逆にジロウくんを驚かせてやろうと、交差点に飛び込むと同時に「わっ!」と大きな声を出した。

ところが、どちらの方向を見やっても、ジロウくんの姿はなかった。

わたしの大声に驚いたのはラブだけで、情けない表情でわたしを見上げている。

その瞬間わたしの背筋をすぅーっと冷たいものが走り、わたしはラブを引きずるようにしてトンネルから這い出ると、一目散に家まで走って帰った。

家に着くとお母さんが夕食の準備をしていた。

ひざとか手のひらを泥で汚したわたしが、家に駆け込んで「ジロウくんが…、ジロウくんが…トンネルから出てこない」と泣きながら繰り返すのを聞くと、事は一大事と察したお母さんが、嫌がるわたしの手を引いて再びトンネルのところに連れてきた。

わたしから事情を聞くと、お母さんは窮屈そうに体を折り曲げて、トンネルの中に入っていき、そして反対側から出てきた。

お母さんはあちこちに電話をかけ、近所の父兄に集まってもらった。

お母さんたちが、一度にすべての方向からトンネルに入ったりして検証しているのを、わたしは震えながら遠巻きに眺めていた。

集まった父兄の話では、この近所の『ジロウ』という名の小学生には心当たりがないということだった。

父兄たちはわが子のことでないからか、それともわたしが嘘をついていると思ったのか、ひとりまたひとりと帰って行った。

お母さんはわたしと手をつなぐと、近所の交番まで一緒に歩き、わたしの体験したことをおまわりさんに話した。

おまわりさんは「はあ、…はぁ」と困った顔をしながらも一応書類を書いて、「ごくろうさま、ありがとね」とわたしに飴玉をひとつくれた。

結局これは事件といえるほどの事件性はなにもなく、わたしの勘違い、もしくは虚言という形で幕を下ろした。

しばらくは、大人も子供もわたしのことを陰でこっそり噂していたようだが、お母さんに全面的に信じてもらえたわたしには、そんなことは全然気にならなかった。

近所の大人たちの苦笑いの中、お母さんだけは真剣にわたしの話を聞いてくれた。

今でも、もしあのときお母さんがわたしの言動に少しでも疑いを抱いたり、迷惑そうな素振りを見せていたら、きっとわたしの性格や人生は、今とはまったく違うものになっていただろうと思う。

だからお母さんにはいくら感謝しても、し足りない。

もしわたしに子供が生まれたら、きっとわたしもその子のことをすべて信じてあげようと思う。

最近、少子化に伴ってわたしの通っていた小学校が取り壊されることになった。戦前からあった建物で、このあたりの小学校の中では一番歴史が古く、壊さずに残したほうがいいんじゃないかという声もあったのだが、結局は取り壊す方向で決着した。

わたしは今28歳になり「早く結婚でもしろ」という母親の言葉に耐えながら、家でものを書いたりしていたのだが、小学校が取り壊されると聞き、ラブの孫に当たる雑種犬のアイを連れてぶらぶらと散歩兼見学に来ていた。

ちょうど中庭を通りかかるとき、ふとあのトンネルのほうを見ると、工事を中断して、なにやら工事関係者が集まって大騒ぎをしている。

もの書きの好奇心が疼きさりげなく近づいていくと、アイが急にけたたましく吠え始めた。「コラ」と叱りながら、ヘルメットをかぶったまま隅っこに腰掛けているおじさんに、「どうかしたんですか?」と声をかけた。

おじさんは、青ざめた顔で、

「白骨が出たんだよ」 と教えてくれた。

 

その後、新聞に『小学校の庭から白骨が』とか、『50年前の少年(推定7~8歳)のものと判明』といった記事が載った。

どうやら15年前、わたしが出会ったジロウくんというのは、あの当時ではなく、それよりもさらに30数年も前にこの付近に住んでいた子供だったらしい。

戦後の食糧難のためなのか、何かの事件に巻き込まれて殺されて埋められたのかは定かではないが、ジロウくんはずーっとあの丘の下で眠っていたらしい。

近くでは同じ年くらいの子供の遊び声が絶えず、きっと誰もいないときにたまに遊具を使って遊んでいたのだろう。

そこへ波長の合ったわたしが通りかかったものだから、からかってやりたくなったのかもしれない。

でも、ときどき思うことがある。

もしもあのとき、ジロウくんがわたしをトンネルに『連れて入る』のを諦めなかったら、どうなっていたのだろうか。

あのとき、トンネルの真ん中で振り返ったジロウくんは、確かに笑ったような気がしたのだ。

この話は珍しくタイトルや書き出しの決まったものではなく、完全オリジナルです。少し長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。5点満点なら何点でしたでしょうか?

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トゥルーラブストーリー

その頃ぼくは、今のようなハイカラなワンルームマンションに住むような金もなく、当時でさえ珍しかった賄いつきの下宿で暮らしていた。

下宿の良い点は、とにかく安いところ。

同じ下宿生同士の団結力があり、一つのファミリーのようであるところ。

食事に関して、遠く離れた長野の地で、大阪で一人暮らしを始めた息子の身を案じる母親に心配をかけなくて済むところ等である。

そして悪いところは、限りなくプライバシーがないところである。

当時ぼくの部屋の鍵は3桁の番号を組み合わせる式のもので、ぼくに最初にその鍵の番号を教えてくれたのは大家さんではなく、あろうことか隣の部屋の住人だった。

そんなわけで、ぼくの部屋には大体いつでも誰かがいて、つまりぼくが大学に行っている間に、勝手に部屋が雀荘と化している、といったことは日常茶飯事だった。

どちらかというと人見知りだったぼくの部屋と胸の扉を有無を言わせずこじ開けて、大笑いしながら蹂躙していく先輩たちのおかげで、現在のぼくが形成されたといっても、決して過言ではない。

憧れの大学生、初めての一人暮らしに夢を抱き、期待に胸膨らませた可愛い後輩に、

「知ってるか?屁って燃えんねんで」

と言って、大股開いた股間の前でライターの火を点火させるような人を先輩と呼ばなければならなかった18歳の心に生まれた絶望感は、推して知るべし、である。

だがそんなフルオープンでアメリカンな暮らしは意外にぼくに合っていたらしく、下宿に後輩が入ってくる頃になると、ぼくは伝統にのっとり新しく入った新入生の部屋にわざわざ押しかけてマンガを読んだりした。

新入生は名を森山といい、長野のお隣の群馬から大阪に出てきたばかりで、初々しかった。

森山がどう感じているかなどお構いなしに、ぼくは必要以上に彼の面倒を見てやっているつもりだった。

ぼくが先輩たちから洗脳された洋楽を「これは今世紀最高のバラードやで」と言って押し付けたり、楽なバイトベスト3を教えてやると言って、その実自分がカラオケやファミレスでタダ飯を食らうために紹介してやると森山は、その度に

「すごいですね」

とか

「さすがですね」

と素直に感心してくれ、ぼくの先輩心を孔雀の羽でくすぐり続けた。

大学4年になった頃、ぼくにはメグという年下の彼女がいた。

何を隠そうメグはぼくにとって22年間生きてきて、生まれて初めてできた彼女だったので、ぼくは彼女にいわゆる『クビッタケ』状態だった。

2歳年下の彼女は同学年の中でも噂の可愛さで、なにがどうしてそんな子がぼくと付き合うようになったのかはよく分からないが、とにかくぼくは彼女を失望させるわけにいかず、あちこち連れて行ったり、男前に見てもらいたくて大きな夢を抱いているかのような素振りを見せたりした。

メグと森山は同じ学年だったこともあって、仲良くなるのに時間はかからなかった。

メグがぼくの部屋に遊びにきたときなど、その頃にはもう森山の方からぼくの部屋に入り浸っていたのだが、ぼくそっちのけで、森山と二人で授業の愚痴や教授の悪口などを言い合っていた。

正直、僕と二人っきりのときよりも、森山を交えて遊んだときのほうが、メグの笑顔が輝いているようにさえ感じた。

ぼくとしては弟のような森山と、目の中に入れても痛くない大事な彼女が仲良くしてくれるのは非常に喜ばしい状況だったので、そんな光景を微笑ましく見ていた。

だから、学生食堂で二人が楽しそうに一緒に食事をしているのを見かけたときも、2人で並んで原付を飛ばしているのを見かけたときにも、特に何も疑わなかった。

あるとき、夜中の2時くらいにコンコンと部屋の扉がノックされたとき、まだ起きていて本を読んでいたぼくはぎくりとして、一瞬返事をすることができなかった。

大学の友人まで全部含めて、ぼくの部屋の扉をノックするなどという文化を持つものは一人もいなかったからだ。

当然部屋に鍵をかけるような習慣をもたないぼくは、

「はい。開いてるよ」と苦笑しながら、友人達なら当然皆知っていることを答えた。

部屋に入ってきたのは森山で、手には自分のエレキギターを持っていた。

森山はギターも弾けるし、キーボードは相当な腕前だった。

ぼくはよく、ビートルズやB’zなどを弾いてもらい、それに併せて下手な歌を歌っていた。だがその日は、いつも優しく笑っている森山がずっと真剣な顔をしていた。

部屋に入ってきたまま無言でギターを弾き始めた森山に、ぼくが

「どしたん?」

と声をかけても、GUNS’ N’ ROSES の『DON’T CRY』を静かに弾き続けていた。

それはぼくが以前に森山に教えてくれとせがみ、そして自分にはやはり無理だと断念した曲だった。

ぼくは「まあ、なんかあったんだろう、そんな日もあるさ」と、ギターを引き続ける森山の横で、閉じていた本に再び没頭し始めた。

Don’t you cry , tonight

I still love you , Baby

どれくらいそうしていただろう、ふと気がつくと、森山のギターの音は止んでいて、森山は声を殺して静かに泣いていた。

ときどきひくっひくっと肩が上下するのすらも、必死で押し殺しているかのような泣き方だった。

ぼくはもう一度、

「どしたん?」と、森山の肩に手を置きながら、聞いた。

森山はしゃくりあげながら、

「好きな人が、できました」

とだけ言った。

これまで何回も、好きな人のことは僕たちの話題に出てきた。

それが大学生の永遠のテーマとすら言えるほど、二人以上の人間が集まれば、「で、誰が好きなん?」という話になった。

そんな中、森山はずっと「いません」で通してきた。

過去や現在の好きな人の話を聞きだすことを諦めていたぼくは、「いつか好きな人ができたら、絶対教えてくれ」と以前から言っていた。

だから森山に「好きな人」ができたことは、ぼくにとっても手放しで喜ばしいことだった。

はずだった。

だけどそのとき、ぼくはなんだか少し、少しだけ嫌な予感がしていた。

ここから先は聞いてはいけない、はっきりさせてはいけないと叫ぶ声が確かにぼくの中にあった。

だけどぼくは、ぼくの目の前で肩を震わせて泣く森山をこれ以上苦しめたくなくて、聞くことが自分の使命であるかのように感じ

「誰なん?ぼくの知ってる人?」

と意を決し、穏やかに尋ねた。

森山は涙に濡れた瞳を真っ直ぐにぼくに向けると、

「あなたです…」と答えた。

*この話は、まず「トゥルーラブストーリー」というタイトルがお題として決まっていて、それにあわせて書いたものです。5点満点なら、何点だったでしょうか?

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