ジロウくんがそのトンネルに入ろうって言い出したとき、わたしはなんだかいやな気持ちがして、首を横に振った。
「なんだよ、ヒナタちゃん、怖いのかよ?大丈夫だよ、ほら行くよ!」
そう言ってジロウくんは笑いながら、立ち止まってしまったわたしの元に戻ってきて、手を握って引っ張って行こうとした。
当時、わたしが通っていた小学校の中庭には、鉄棒やアスレチックのような、子供が体を動かして遊べる類の遊具がたくさんあった。その中のひとつに、そのトンネルはあった。
中庭の北のはずれに、標高10mくらいの小高い丘(丘と呼ぶのも、丘に対して申し訳ないようなしろものなのだが、当時のわたしには、山のように見えたものだ)のような小山があって、その中を東西南北に土管を埋め込んだトンネルが走っているのだ。
所詮高さ10mの丘の底辺なのだから、よくあって20mくらいの長さなのに、わたしはこれまでもなんだか怖いような気がして、そのトンネルに入ったことはなかった。
友達はみんなそのトンネルに入っては、声が反響するのを楽しんだり、入ったところと違う出口に出ることで、新鮮な気持ちを味わったりしていたようだ。
かくれんぼをしたり鬼ごっこをしたりするのには、最適な空間をそのトンネルは作り出していたと思う。
その日は夏休みの真っ最中で、休みの日の夕方に学校を訪れる子供はそうはいない。
わたしの家は学校から歩いて10分くらいのところにあり、当時飼っていた愛犬のラブを散歩させて学校まで来るのが、わたしの日課だった。
散歩の途中でふと中庭を見ると、ひとりでブランコをこいでいる少年と目が合った。
これまでも何度か見掛けたことはあったが、「一緒に遊ばない?」と声をかけてきたのは初めてだった。
少年はジロウと名乗り、わたしはヒナタと自己紹介した。
それだけで昔からの友達のように仲良くなれるのだから、子供というのは羨ましい。
夏の夕方ということで、まだ日が落ちるにはかなり時間があったので、わたしはラブのリードを鉄棒の足に結び付けると、ジロウくんと一緒にブランコをしたり半分埋めてあるタイヤの跳び箱(跳びタイヤ?)をしたりした。
そのうちにジロウくんが、トンネルで追いかけっこをしようと言い出したので、わたしは急に怖気づいてしまった。
ジロウくんは「大丈夫だって」と笑いながら強引にわたしを中に押し込もうとしたが、わたしは入り口で固まってしまい、ガンとして動かなかった。
わたしを連れて行くのを諦めるとジロウ君は
「じゃあ、そこで見てて!」
と言ってひとり中に入って行ってしまった。
トンネルの入り口にしゃがみこんで中を覗き込むと、向こうの出口の明かりとの間に、ジロウくんのシルエットが濃い影になって浮かび上がっている。
直径90cmくらいの土管は、子供にはそれほど窮屈なスペースではない。
ジロウくんは少しだけ腰をかがめて、バランスをとるように両手を軽く広げた格好で、どんどん奥のほうに進んでいく。
わたしはどうしてこのトンネルにだけ入りたくないのか、自分でも理由がよく分からなくて、もどかしい思いをしていた。
真ん中の、東西の土管と南北の土管の交差する地点に来ると、ジロウくんのシルエットは振り返ってわたしを見た。
そして笑った、ような気がした。
ジロウくんのシルエットはその後すっと右に折れ、つまり南側から入ったジロウ君は東の出口に向かった、はずだった。
わたしは視界からジロウくんのシルエットが消えるとすぐに、丘の裾を東の出口に向かって走った。
直線とはいえ、少し腰をかがめて歩かないといけないジロウくんと、心細さから全力で走るわたしとだったら、わたしのほうが速いはずだった。
わたしの視界は開けていて、もしも先にジロウくんが出口に到達しても必ず発見できるはずでもあった。
しかし、たどり着いた東の出口にはジロウくんの姿はなかった。あたりを見渡してみても、当然影も形もない。
それどころか、トンネルの中に響く足音も聞こえない。
わたしは急に不安が募り、そこから反時計回りに、北の出口、西の出口と走って見て回った。
だがトンネルの向こうには、ただ反対側の出口の丸い景色が見えているだけである。
わたしはいよいよ心細くなって、トンネルに向かってジロウくんの名を呼んだ。
「ジロウくん…?」
返事はない。
「ジロウくん!」
今度は叫んだ。だがやはり返事はなかった。
わたしは真ん中の交差するところにジロウくんが潜んでいて、わたしが見る方向から、常に隠れているのではないかと疑って、走って南側に向かうフリをして戻って覗いてみたりした。
それでも見つからないので、どこかの穴からひょっこりと顔を覗かせるのではないかと思い、丘のてっぺんに登って360度を見渡しながら待った。
しかし、目が回るほどぐるぐる見続けていても、一向にジロウくんは現れなかった。
丘の上のわたしの姿を見つけて、ラブが吠えた。
わたしは意を決すると、ラブを連れに鉄棒に走った。
そのときにもう一度トンネルを覗いてみたがやはりジロウくんの姿はなかった。
わたしは焦る手でラブのリードの結び目を解くと、ラブと一緒に丘に向かって駆け出した。入り口に着くとラブは中に向かってワウワウと吠え立てた。
だが、わたしがリードを放して「ラブ、ゴー!」と言っても、ラブは入り口で吠えるだけで中に入って行こうとはしない。
反対側の出口からラブを呼ぼうとそばを離れると、慌てて後をついて来てしまう始末。
「おまえも怖いんだね。じゃ、一緒に入ろっか?」
ラブを勇気付けるため、というよりは自分を奮い立たせ、鼓舞するために声をかけた。
初めて入るトンネルは、入って3mも行くともう真っ暗で、出口の明かりがすごく遠くにあるような気がして、わたしは後ろをきょろきょろ振り返りながら、ラブのリードをぎゅっと握り締めたまま一歩一歩奥へと進んでいった。
いつもはおとなしく、唸ることなどないラブが、このときはずっと唸りっぱなしで、その声がトンネル内に反響して、それが余計にわたしを不安にさせた。
あとちょっとで交差する地点、というところまで進んだとき、わたしはふとこの角の先にジロウくんが待ち構えていて、笑いを堪えながらわたしを驚かせる準備をしているのではないかと思い至った。
きっとあれほど誘ったのにトンネルに入ることをわたしが固辞したため、イタズラしてやろうという気になったのではないか。
そう考えついたわたしは、少し気が楽になり、逆にジロウくんを驚かせてやろうと、交差点に飛び込むと同時に「わっ!」と大きな声を出した。
ところが、どちらの方向を見やっても、ジロウくんの姿はなかった。
わたしの大声に驚いたのはラブだけで、情けない表情でわたしを見上げている。
その瞬間わたしの背筋をすぅーっと冷たいものが走り、わたしはラブを引きずるようにしてトンネルから這い出ると、一目散に家まで走って帰った。
家に着くとお母さんが夕食の準備をしていた。
ひざとか手のひらを泥で汚したわたしが、家に駆け込んで「ジロウくんが…、ジロウくんが…トンネルから出てこない」と泣きながら繰り返すのを聞くと、事は一大事と察したお母さんが、嫌がるわたしの手を引いて再びトンネルのところに連れてきた。
わたしから事情を聞くと、お母さんは窮屈そうに体を折り曲げて、トンネルの中に入っていき、そして反対側から出てきた。
お母さんはあちこちに電話をかけ、近所の父兄に集まってもらった。
お母さんたちが、一度にすべての方向からトンネルに入ったりして検証しているのを、わたしは震えながら遠巻きに眺めていた。
集まった父兄の話では、この近所の『ジロウ』という名の小学生には心当たりがないということだった。
父兄たちはわが子のことでないからか、それともわたしが嘘をついていると思ったのか、ひとりまたひとりと帰って行った。
お母さんはわたしと手をつなぐと、近所の交番まで一緒に歩き、わたしの体験したことをおまわりさんに話した。
おまわりさんは「はあ、…はぁ」と困った顔をしながらも一応書類を書いて、「ごくろうさま、ありがとね」とわたしに飴玉をひとつくれた。
結局これは事件といえるほどの事件性はなにもなく、わたしの勘違い、もしくは虚言という形で幕を下ろした。
しばらくは、大人も子供もわたしのことを陰でこっそり噂していたようだが、お母さんに全面的に信じてもらえたわたしには、そんなことは全然気にならなかった。
近所の大人たちの苦笑いの中、お母さんだけは真剣にわたしの話を聞いてくれた。
今でも、もしあのときお母さんがわたしの言動に少しでも疑いを抱いたり、迷惑そうな素振りを見せていたら、きっとわたしの性格や人生は、今とはまったく違うものになっていただろうと思う。
だからお母さんにはいくら感謝しても、し足りない。
もしわたしに子供が生まれたら、きっとわたしもその子のことをすべて信じてあげようと思う。
最近、少子化に伴ってわたしの通っていた小学校が取り壊されることになった。戦前からあった建物で、このあたりの小学校の中では一番歴史が古く、壊さずに残したほうがいいんじゃないかという声もあったのだが、結局は取り壊す方向で決着した。
わたしは今28歳になり「早く結婚でもしろ」という母親の言葉に耐えながら、家でものを書いたりしていたのだが、小学校が取り壊されると聞き、ラブの孫に当たる雑種犬のアイを連れてぶらぶらと散歩兼見学に来ていた。
ちょうど中庭を通りかかるとき、ふとあのトンネルのほうを見ると、工事を中断して、なにやら工事関係者が集まって大騒ぎをしている。
もの書きの好奇心が疼きさりげなく近づいていくと、アイが急にけたたましく吠え始めた。「コラ」と叱りながら、ヘルメットをかぶったまま隅っこに腰掛けているおじさんに、「どうかしたんですか?」と声をかけた。
おじさんは、青ざめた顔で、
「白骨が出たんだよ」 と教えてくれた。
その後、新聞に『小学校の庭から白骨が』とか、『50年前の少年(推定7~8歳)のものと判明』といった記事が載った。
どうやら15年前、わたしが出会ったジロウくんというのは、あの当時ではなく、それよりもさらに30数年も前にこの付近に住んでいた子供だったらしい。
戦後の食糧難のためなのか、何かの事件に巻き込まれて殺されて埋められたのかは定かではないが、ジロウくんはずーっとあの丘の下で眠っていたらしい。
近くでは同じ年くらいの子供の遊び声が絶えず、きっと誰もいないときにたまに遊具を使って遊んでいたのだろう。
そこへ波長の合ったわたしが通りかかったものだから、からかってやりたくなったのかもしれない。
でも、ときどき思うことがある。
もしもあのとき、ジロウくんがわたしをトンネルに『連れて入る』のを諦めなかったら、どうなっていたのだろうか。
あのとき、トンネルの真ん中で振り返ったジロウくんは、確かに笑ったような気がしたのだ。
この話は珍しくタイトルや書き出しの決まったものではなく、完全オリジナルです。少し長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。5点満点なら何点でしたでしょうか?
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