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トゥルーラブストーリー

その頃ぼくは、今のようなハイカラなワンルームマンションに住むような金もなく、当時でさえ珍しかった賄いつきの下宿で暮らしていた。

下宿の良い点は、とにかく安いところ。

同じ下宿生同士の団結力があり、一つのファミリーのようであるところ。

食事に関して、遠く離れた長野の地で、大阪で一人暮らしを始めた息子の身を案じる母親に心配をかけなくて済むところ等である。

そして悪いところは、限りなくプライバシーがないところである。

当時ぼくの部屋の鍵は3桁の番号を組み合わせる式のもので、ぼくに最初にその鍵の番号を教えてくれたのは大家さんではなく、あろうことか隣の部屋の住人だった。

そんなわけで、ぼくの部屋には大体いつでも誰かがいて、つまりぼくが大学に行っている間に、勝手に部屋が雀荘と化している、といったことは日常茶飯事だった。

どちらかというと人見知りだったぼくの部屋と胸の扉を有無を言わせずこじ開けて、大笑いしながら蹂躙していく先輩たちのおかげで、現在のぼくが形成されたといっても、決して過言ではない。

憧れの大学生、初めての一人暮らしに夢を抱き、期待に胸膨らませた可愛い後輩に、

「知ってるか?屁って燃えんねんで」

と言って、大股開いた股間の前でライターの火を点火させるような人を先輩と呼ばなければならなかった18歳の心に生まれた絶望感は、推して知るべし、である。

だがそんなフルオープンでアメリカンな暮らしは意外にぼくに合っていたらしく、下宿に後輩が入ってくる頃になると、ぼくは伝統にのっとり新しく入った新入生の部屋にわざわざ押しかけてマンガを読んだりした。

新入生は名を森山といい、長野のお隣の群馬から大阪に出てきたばかりで、初々しかった。

森山がどう感じているかなどお構いなしに、ぼくは必要以上に彼の面倒を見てやっているつもりだった。

ぼくが先輩たちから洗脳された洋楽を「これは今世紀最高のバラードやで」と言って押し付けたり、楽なバイトベスト3を教えてやると言って、その実自分がカラオケやファミレスでタダ飯を食らうために紹介してやると森山は、その度に

「すごいですね」

とか

「さすがですね」

と素直に感心してくれ、ぼくの先輩心を孔雀の羽でくすぐり続けた。

大学4年になった頃、ぼくにはメグという年下の彼女がいた。

何を隠そうメグはぼくにとって22年間生きてきて、生まれて初めてできた彼女だったので、ぼくは彼女にいわゆる『クビッタケ』状態だった。

2歳年下の彼女は同学年の中でも噂の可愛さで、なにがどうしてそんな子がぼくと付き合うようになったのかはよく分からないが、とにかくぼくは彼女を失望させるわけにいかず、あちこち連れて行ったり、男前に見てもらいたくて大きな夢を抱いているかのような素振りを見せたりした。

メグと森山は同じ学年だったこともあって、仲良くなるのに時間はかからなかった。

メグがぼくの部屋に遊びにきたときなど、その頃にはもう森山の方からぼくの部屋に入り浸っていたのだが、ぼくそっちのけで、森山と二人で授業の愚痴や教授の悪口などを言い合っていた。

正直、僕と二人っきりのときよりも、森山を交えて遊んだときのほうが、メグの笑顔が輝いているようにさえ感じた。

ぼくとしては弟のような森山と、目の中に入れても痛くない大事な彼女が仲良くしてくれるのは非常に喜ばしい状況だったので、そんな光景を微笑ましく見ていた。

だから、学生食堂で二人が楽しそうに一緒に食事をしているのを見かけたときも、2人で並んで原付を飛ばしているのを見かけたときにも、特に何も疑わなかった。

あるとき、夜中の2時くらいにコンコンと部屋の扉がノックされたとき、まだ起きていて本を読んでいたぼくはぎくりとして、一瞬返事をすることができなかった。

大学の友人まで全部含めて、ぼくの部屋の扉をノックするなどという文化を持つものは一人もいなかったからだ。

当然部屋に鍵をかけるような習慣をもたないぼくは、

「はい。開いてるよ」と苦笑しながら、友人達なら当然皆知っていることを答えた。

部屋に入ってきたのは森山で、手には自分のエレキギターを持っていた。

森山はギターも弾けるし、キーボードは相当な腕前だった。

ぼくはよく、ビートルズやB’zなどを弾いてもらい、それに併せて下手な歌を歌っていた。だがその日は、いつも優しく笑っている森山がずっと真剣な顔をしていた。

部屋に入ってきたまま無言でギターを弾き始めた森山に、ぼくが

「どしたん?」

と声をかけても、GUNS’ N’ ROSES の『DON’T CRY』を静かに弾き続けていた。

それはぼくが以前に森山に教えてくれとせがみ、そして自分にはやはり無理だと断念した曲だった。

ぼくは「まあ、なんかあったんだろう、そんな日もあるさ」と、ギターを引き続ける森山の横で、閉じていた本に再び没頭し始めた。

Don’t you cry , tonight

I still love you , Baby

どれくらいそうしていただろう、ふと気がつくと、森山のギターの音は止んでいて、森山は声を殺して静かに泣いていた。

ときどきひくっひくっと肩が上下するのすらも、必死で押し殺しているかのような泣き方だった。

ぼくはもう一度、

「どしたん?」と、森山の肩に手を置きながら、聞いた。

森山はしゃくりあげながら、

「好きな人が、できました」

とだけ言った。

これまで何回も、好きな人のことは僕たちの話題に出てきた。

それが大学生の永遠のテーマとすら言えるほど、二人以上の人間が集まれば、「で、誰が好きなん?」という話になった。

そんな中、森山はずっと「いません」で通してきた。

過去や現在の好きな人の話を聞きだすことを諦めていたぼくは、「いつか好きな人ができたら、絶対教えてくれ」と以前から言っていた。

だから森山に「好きな人」ができたことは、ぼくにとっても手放しで喜ばしいことだった。

はずだった。

だけどそのとき、ぼくはなんだか少し、少しだけ嫌な予感がしていた。

ここから先は聞いてはいけない、はっきりさせてはいけないと叫ぶ声が確かにぼくの中にあった。

だけどぼくは、ぼくの目の前で肩を震わせて泣く森山をこれ以上苦しめたくなくて、聞くことが自分の使命であるかのように感じ

「誰なん?ぼくの知ってる人?」

と意を決し、穏やかに尋ねた。

森山は涙に濡れた瞳を真っ直ぐにぼくに向けると、

「あなたです…」と答えた。

*この話は、まず「トゥルーラブストーリー」というタイトルがお題として決まっていて、それにあわせて書いたものです。5点満点なら、何点だったでしょうか?

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